フェリスの卒業式

昭和戦前期フェリス女学生旧蔵資料紹介、その(4)。

昭和12年4月にフェリス和英女学校に入学した女学生・百合子さん
がお持ちだった資料の紹介を続けます。

百合子さんが3年生の学年末、
昭和15年3月22日におこなわれた
第53回卒業式のプログラムが
資料のなかに含まれていました。
(フェリス中等部は5年制なので、百合子さんはまだ卒業しません)。

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このプログラムによると、
この年の中等部(5年制)の卒業生は85名。
高等部英文科の卒業生は8名でした。
ちなみにフェリスの高等部には
「中等部ノ基礎ノ上ニ更ニ高等ナル学術及技芸ニ関スル学科目」
として家政科(1年制)と英文科(3年制)が置かれていました。
今の大学に相当する「高等教育機関」だったわけですが、
この卒業生の数からもわかるように、進学率は低いものでした。

一般に高等女学校の卒業後の進学先としては
女子高等師範学校や女子専門学校がありましたが、
戦前期を通して進学率は1%未満だった言われています。

さて、昭和15年の卒業式の式次第は、
国家(斉唱)・勅語奉答のあとにピアノ合奏、聖書朗読、祈祷などが
続き、そのあと卒業証書授与、精勤賞状授与がありました。
その後学校長の訓示のあと、ピアノ合奏をはさんで
神奈川県知事の告辞と横浜市長の祝辞が贈られました。
そして卒業生総代の答辞があり、
卒業生一同がグノー「うるはしき喜びのおとづれ」を合唱して、
父兄挨拶・校歌・敬礼で式を終えます。

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『横浜グラフ』(当館蔵)は昭和9年の世相を写真と簡潔な記事できりとった
写真情報誌ですが、3月22日にフェリスの卒業式が報じられていました。
女学生が手に巻いて持っているのは卒業証書でしょうか。
この写真には下記のようなキャプションがつけられています。

「晴れの卒業式」

蛍雪の途にいそしむ幾歳。待ちに待たれたけふぞ晴れの卒業式だ。
 懐しき追憶を偲んで母校に訣れ、
 希望と光明にもゆる未来への輝かしい夢を描きつゝ
 街頭へと巣立つ雛鳥の群。彼女達のゆくてに栄へあれ!
 (写真は校門を出づる女学生)


『横浜グラフ』こちらで画像を全点閲覧できます(拡大機能つき)。
(吉)
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by tohatsu | 2012-07-24 09:11 | 調査余話 | Trackback | Comments(0)  

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