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いよいよブラタモリ

はい、こんにちは。

気がつけば、11月も終わり、明日から12月です。
気がつけば、また一つ歳を取ってしまった azul です。

さて、以前にもご案内していたように、
12月最初のブラタモリは、横浜第2弾です!
HPをチェックすると、タモリさん・久保田アナと一緒にあの人が!

テレビカメラがとらえたジェラール貯水槽。
必見です。
12月2日(木)夜10時から!

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画像は番組とは
何の関係もゴザイマセン


(azul)
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by tohatsu | 2010-11-30 21:09 | お知らせ | Trackback | Comments(0)  

煉瓦がむすぶ横浜/川崎

はい、こんにちは。
きたる忘年会シーズンを前に、
今日もアンチエイジングに燃えている azul です。

今日は朝から青空が広がり、
日本大通りは写生をする人でいっぱい!

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読書の秋、食欲の秋、スポーツの秋、
そして私たちにとっては「講座めじろ押し」の秋。
秋が深まるとともに、あちこちから講座のご依頼をいただき、
毎日が慌しくなります。

先週は、川崎市市民ミュージアムの歴史講座に招かれ、
「日本近代の煉瓦生産と御幸煉瓦製造所」というテーマで、
話をしてきました。

なぜ横浜の私が川崎で?と思われるかもしれませんが、
じつは横浜の都市形成に関わりの深い煉瓦工場が、
現在の川崎市域にあったのです。

その煉瓦工場は、当初「横浜煉化製造会社」として出発し、
のちに経営者が代わって「御幸煉瓦製造所」となるのですが、
ここで製造された煉瓦が、都市化が進む明治中期~大正期の横浜で、
多くの建物に使用されていたことがわかっています。

その手がかりとなるのは、煉瓦に刻まれた刻印。
横浜の関内・山手地区で出土した煉瓦の刻印を調べていくと、
よく目にするのが、次のような刻印です。

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私たちはこの刻印を「分銅印」と呼んでいるのですが、
川崎市市民ミュージアムとの共同調査によって、
この煉瓦が上記の御幸煉瓦製造所でつくられたものだ、
ということがわかってきました。
(「御幸煉瓦製造所について」『川崎市市民ミュージアム 紀要』第20集)

それまでは、この刻印は東京にある工場のマークだとされていましたが、
創業者の御宅から、この刻印をもった焼き損じの煉瓦が大量に出土したことが、
判断の決め手となったのです。

御幸煉瓦でつくられた煉瓦は、多摩川を下って横浜まで運ばれ、
さまざまな煉瓦造建築に使われたと考えられます。
明治中期以降、横浜に赤煉瓦の街並みが広がっていく背景には、
こうした近郊の煉瓦工場の存在が不可欠だったのです。

一方で、私たちにはまだ謎が残されています。
川崎にあった御幸煉瓦製の煉瓦が、川崎や東京で使用されたという例が、
いまだ知られていないのです。
とはいえ、近年東京でも発掘調査で煉瓦が報告される機会が増えてきましたから、
ひょっとしたら、発見はこれからなのかもしれません。

上記の刻印を見かけたら、ぜひご一報を!

(azul)
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by tohatsu | 2010-11-27 15:41 | お出かけ | Trackback | Comments(0)  

雑司ヶ谷のジェラール!

はい、こんにちは。

以前に本ブログで紹介した江東区の模倣ジェラール瓦に続いて、
今度は豊島区から新情報が届きました!
考古学の情報ネットワークには驚かされっぱなしの azul です。

東京都埋蔵文化財センターの大八木謙司さんからの情報によると、
豊島区の雑司ヶ谷遺跡で、模倣ジェラール瓦とおぼしき、
妙ちくりんな遺物が出土しているとのこと。
画像を送っていただいたところ、
なんと今までに見たことのない模倣ジェラール瓦ではないですか!

居ても立ってもいられなくなった私と坂上師範代は、
調査を担当された「としま遺跡調査会」が報告書作成で大忙しだというのに、
なんとかお願いして、遺物を見せていただくことにしました。

近年まれにみる大発見の知らせに、
まだ何かが起こるに違いないとの予感を得た私と師範代は、
考古学の立場からジェラール瓦研究に先鞭をつけられた、
千葉大学の岡本東三先生にもご同行をお願いし、
土器をムネムネ、いや胸をドキドキさせながら雑司ヶ谷に向かったのでした。

ついでにハズカシながら、東京メトロ副都心線なるものにも初めて乗りました・・・

さて、雑司ヶ谷遺跡で出土した模倣ジェラール瓦ですが、
・・・想像どおりの珍品でした。
これまで模倣ジェラール瓦は、本家のⅠ型に対応するものしか知られていませんでしたが、
雑司ヶ谷遺跡から出土した瓦は、明らかにⅡ型に対応するもの。
しかもⅠ型の制作技法も混在しており、職人の苦闘の跡がうかがえます。

これまで私は、模倣ジェラール瓦がⅠ型タイプしか見つかっていないのは、
模倣瓦に対抗するために本家ジェラールが制作を開始したⅡ型が、
在来の製法では真似できないほど精緻なものだったからではないか。
そう考えていましたが、どうやらその仮説は崩れ去りました。
これだから現場は面白い。

しかし、新発見はそれだけではありませんでした。
私たちが睨んだとおり、模倣以外にも本家ジェラール瓦のさまざまな部位、
なかでも、これまで個人コレクションにカケラでしか含まれていなかった、
上部に挿し込み口のついた謎の部材があったりと、
横浜以上に充実した出土状況にすっかり見入ってしまいました。

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遺物を撮影する岡本先生
優しく見つめる師範代・・・


やはり東京は近世以降をきちんと発掘調査の対象にしているから、
こういう発見が続くんだと思います。
なんだか御飯を何杯もお代わりしたような気分になって、
その日は気持ちよく家路に着きました。

としま遺跡調査会の両角まりさん、小川祐司さん、
お忙しいなか本当にありがとうございました。

雑司ヶ谷遺跡は、間違いなくジェラール瓦研究史に名を残す遺跡になります。
報告書が刊行されたら、是非またゆっくりお話をうかがわせてください!

(azul)
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by tohatsu | 2010-11-20 19:32 | お出かけ | Trackback | Comments(0)  

今度は築地!近代遺跡をめぐって

はい、こんにちは。
APECも山場を迎えていますね。

当館周辺では全国から集まった警察官の姿を目にします。
先日、山下町に配備されている愛知県警の車両に、
かわいいシャチホコのイラストを見つけてほくそ笑んでいる azul です。

さて、先週の土曜日、東京の中央区立郷土天文館で開催されている、
特別展「東京にあった外国人居留地 ~明石町遺跡の発掘調査より~
の展示関連講座に参加してきました。

築地居留地の発掘調査成果がはじめて公開される展覧会ということで、
東京からの<近代遺跡>展として注目していたのですが、
講座の講師には、横浜の山下居留地遺跡の発掘調査を担当された、
当ブログでもおなじみの天野賢一氏(かながわ考古学財団)もいらっしゃるということで、
さまざまな原稿を放り投げて(スミマセン・・・)、参加してきました。

天野さんが講座で紹介された横浜の居留地での出土遺物と、
展覧会で紹介されている築地居留地の遺物とを比べてみると、
なるほど、当時の居留外国人たちの生活雑器類(西洋陶磁器やボトルなど)は、
かなり共通していることがわかります。

さらに展覧会では、数は少ないながら、
築地でもジェラール瓦が出土していることが紹介されていました。
東京でのジェラール瓦の使用例については、
当館の展覧会「西洋館とフランス瓦」できわめて不十分ながら紹介しましたが、
横浜から東京への(模倣瓦を含む)ジェラール瓦の広がりについては、
今後の重要な解明課題のひとつと言えます。

さて、この日の講座には番外編がありました。

終了後、講師の天野さんを囲んで、
考古学財団でいつも天野さんを支えているteam AMANOの皆さんと一緒に、
夜の築地界隈を練り歩いていたのですが、
たどり着いたのは、昭和2年に建てられたカトリック築地教会
中央区の指定文化財になっている歴史的建造物です。

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遅い時間にもかかわらず、教会を見学させていただいたのですが、
ご案内いただいているなかで、ふと教会の方が、
「そういえば、教会の工事のときに出てきた煉瓦がありますけど・・・」
「!!!」
「ご覧になりますか?」

この機会をのがすはずがありません。
天野さんの号令のもと、作業モードにスイッチを入れさせられたteam AMANOが、
つぎつぎと保管されていた遺物を洗っていきます。
前身の煉瓦造教会(明治11年竣工)に関するものでしょうか、
赤煉瓦や耐火煉瓦、切石、土管、刻印の入った和瓦など、
みるみるうちにキレイな姿になっていきました。

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そして神父様の前で、天野さんの今日二度目の講義。
遺物はぜひ大事に保管していてくださいね、と神父様にお願いして、
我々は意気揚々と教会を後にしたのでした・・・

築地教会の皆さま、遅い時間にお騒がせいたしました。
今はまだガラクタのようにしか見えないかもしれませんが、
いつか築地居留地に関する大事な資料になる日がくるはずです。

(azul)
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by tohatsu | 2010-11-13 11:34 | お出かけ | Trackback | Comments(0)  

徒歩で行く「横浜の近代遺跡」

はい、こんにちは。
すみません。すっかり更新が滞ってしまって・・・

今年の健康診断でお腹回りの数字が大幅に落ちたとか、
書くネタはたくさんあるのですが、
なかなか落ち着いて筆を取れない状況のazul です。

さて、先月の話になりますが、
横須賀市民の皆さんが「横浜の近代遺跡」見学にいらっしゃいました。
このツアーは、10月20日の「近代化遺産の日」にあわせて、
横須賀市生涯学習財団と横須賀市教育委員会が共催で企画したもので、
私が当日の講師を務めさせていただきました。

横須賀製鉄所に関わりの深いところを中心にということで、
最近、新しい案内板が設置された横浜製鉄所跡(JR石川町駅前)や、
横須賀製鉄所や富岡製糸場の工場群を設計した、
建築家バスチャンが眠る外国人墓地などを見学して回りました。
さすが横須賀らしいメニューです。

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外国人墓地にて
バスチャンの墓碑写真を説明

もちろん、開港場横浜の成り立ちを歩いて実感できるように、
吉田橋・横浜公園・中華街と関内エリアをじっくりと歩き、
整備が完了したばかりの、山下居留地遺跡プロムナードも見学。
最後は、当館の屋外展示と常設展示でお開きとなりました。

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完成したばかりの
居留地遺跡プロムナード

ちょっと風が冷たくて、寒く感じられる一日でしたが、
皆さま、長時間お付き合いいただきまして、ありがとうございました。
(上記写真は横須賀市生涯学習財団様からご提供いただきました)

今度はうちのツアーで横須賀に行こうかな・・・

さてさて、今回、主催の横須賀市様からのご提案で、
ガイド資料として「文明開化横濱俯瞰図」のクリアファイルを使ったのですが、
これをもって関内地区を歩くと、たしかに面白い!
皆さまも是非お試しあれ!

(azul)
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by tohatsu | 2010-11-09 10:23 | お出かけ | Trackback | Comments(0)