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職業体験について(その2)

こんにちは。
昨日に引き続き山本・松永です。

では、昨日の続き、4年生の学習のサポートで扱っている、
「吉田新田」のことについて本日も書きたいと思っています。

昨日は、吉田新田の1667年頃、大きな堤防が作られたことまで、
書かせていただきました。


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この写真は、横浜が開港した時ぐらい(1874年頃)の絵です。
上の方はどちらかと言うと、まだ田んぼが残っています。
下の方は横浜っぽくなってきましたね。
今でいう横浜スタジアムの形も残っています。
なぜ、こんなことになってしまったのでしょうか。
なぜかというと、上の方は、出島のように外国人や特別な人が住んでいました。
だから、ここで西洋の文化が発達し、上の方と下の方で発達の具合が異なっていってしまったのです。


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さあ、結構の被害が出ている写真ですが...これは1923年の関東大震災の時の写真です。
横浜のほとんどの建物が倒壊し、がれきとなりました。
こんなことが起こってしまったわけなのですが、横浜の凄いところはココからです。
ここまで壊滅的な地震に見舞われたのに、
横浜の街は、人々の努力によってわずか数年で復興します。
さすがですね。


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そして、現代です。
右の赤いマークは、この横浜都市発展記念会館の建物です。
復興したときのがれきなどをつかって、山下公園なども作られています。
やはり、吉田新田の形をとどめていながらも、
関東大震災が起こったのに、横浜が発展していることが、過去を振り返ると驚かされます。
横浜の中心地も日本大通り周辺から、みなとみらい21地区にうつっています。
いまだ発展を続けている横浜に、また驚かされてます。



ってことで説明は終了です。
この知識は2日間のものなのですが...
解っていただけたら、嬉しいばかりです。
では、3日目の職業体験も頑張ります。
最後、仕事をさせていたたいている僕たちは、職場の方や、いろんな方々に感謝したいです。
ありがとうございました。m(__)m

そして皆さん、横浜都市発展記念館や横浜ユーラシア文化館に来て下さいね。

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by tohatsu | 2013-11-28 11:33 | その他 | Trackback | Comments(0)  

職場体験について

都筑区の東中から来た山本・松永です。
今回11月26日~28日の3日間職場体験をさせていただいています。

仕事内容は、4年生の吉田新田の学習のサポート、ワークショップの準備、受付などなど...
はじめて「仕事」というものを体験しているので、わからないことだらけですが、精一杯頑張ろうと思います。

そこで今回は吉田新田のことについて、ここでも書きたいと思います。


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これは、1656年より前の吉田新田の絵です。
吉田新田は、もともと海が入り組んで出来ていた入海でした。
下に見える赤いシールは、横浜ユーラシア文化館・横浜都市発展記念館の建物の位置です。
このシールの位置は陸地です。
ちなみに横浜という名前の由来は、
吉田新田の出来る前からも「横に浜(半島)ができていた」ので横浜というらしいです。


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この写真は吉田新田ができたころ(1667年頃)の絵です。
だいぶ陸地ができてきている感じですね。
紫色で川を囲っている線は堤防を作っているところです。
この堤防は上から作られていて、干拓によって吉田新田は作られました。
この堤防の高さを想像できますか?


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これは...横浜ユーラシア文化館・横浜都市発展記念館の前です。(笑)
何でいまこの写真がここでで出来たのかと言うと、
堤防の大きさを想像しやすくするための何かがあるからです。
何か分かりますか?
黄色のテープが貼ってあるのがわかると思います。
それらは、堤防の高さや長さを表しています。大きいですよね。
これを7kmにわたって作った当時の人は、とてもすごいと僕は思います。


では、続きは明日書こうと思います。
では明日~
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by tohatsu | 2013-11-27 16:46 | その他 | Trackback | Comments(0)