品川にこの人あり

はい、こんにちは。
すっかり夏の陽射しになりましたね。
水分補給に余念がないazul です。

さて、今日は我われの煉瓦研究仲間の一人、
品川区立品川歴史館の学芸員中野光将さんが、
次回企画展準備のため、当館の資料撮影に来られました。

品川といえば・・・そうです、品川煉瓦
もはや品川煉瓦についての第一人者(と言ったら本人は嫌がるかな)、
中野さんが担当される次の企画展に、
当館所蔵の出土遺物を展示してくださるということで、
今日は展示図録用の撮影にいらしたのでした。

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え?品川煉瓦なんて写ってないじゃないかって?
一緒に撮影しているガラス瓶は何だって?
もう感の良い方はお気づきになっているかと思いますので、
あとは品川歴史館のHPで予告が出るまで、いま少しお待ちを。

(azul)
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# by tohatsu | 2016-08-03 19:36 | 日常業務 | Trackback | Comments(0)  

新発見資料・失われた装飾壁画

はい、こんにちは。
スマホを握りしめたまま寝落ちすることはあっても、
ポケモンにはまるで縁のないazul です。

さて、今回は新収資料のお話です。
7月3日の開港記念会館100周年プレイベントで講演させていただいたとき、
その一部をご紹介しましたが、開港記念会館の建設に関わった技師で、
その後、横浜市の建築課長を務めた山田七五郎の関係資料が、
このたび当館に寄贈されることになりました。

開港記念会館の設計者は福田重義と紹介されることが多いですが、
正確には、福田はデザインコンペで一等になった人物で、
その後の実施設計は横浜市がおこなっています。
(もちろん、デザインは福田案がベースになっていますが。)
その実務を担ったのが、長崎県から招聘された技師山田七五郎でした。

今回の資料は山田七五郎のご遺族から寄贈のお申し出があったものですが、
学生時代から長崎県技師時代をふくむ、多岐にわたる資料のなかに、
開港記念会館の装飾壁画に関する古写真がありました。

大正6年の創建時に洋画家和田英作によって描かれた装飾壁画は、
正面入口から入って右手の階段室に左右一対で飾られていましたが、
関東大震災で焼失し、現在、記念会館の2階ホールに架けられているのは、
震災後にサイズを縮小して描き直されたものです。

創建時の壁画制作に関する資料は非常に少ないので、
先だって、この装飾壁画をずっと追いかけて論文を書いておられる、
美術史がご専門の日本女子大学の手塚惠美子さんに資料を見ていただきました。

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やはり専門分野が違う方に資料を見ていただくと、
コメントのひとつひとつが自分には新鮮で、とても勉強になります。
絵画の制作過程や解釈など、参考になるお話がいろいろうかがえて、
あらためて資料への多様なアプローチの大切さを感じました。
手塚さん、ありがとうございました。

来年、開港記念会館は創建100周年を迎えますが、
これらの資料はきっとあらたな発見をもたらしてくれるでしょう。
公開まで今しばらくお待ちください。

(azul)
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# by tohatsu | 2016-07-28 14:51 | 調査余話 | Trackback | Comments(0)  

歩きスマホにご注意を!

今「歩きスマホ」と言うと、もーこれしかありませんね!!「ポケモンGO」。
街を歩いてるすべての人がやっているんじゃないの?というくらい、みなさん携帯を手にして街をさまよっています。

当館にもポケモンがいるのでは?と中に入ってくるお客さまがいらっしゃいます。が、さすがに館の中にはいないんですよ。
ですが、当館の建物や近くの碑が「ポケストップ」とやらになっています。街中みんながポケスト?ってくらいたくさんあります!

旧横浜市外電話局 ×2
旧居留地貯水碑
電話交換創始之地の碑
日本赤十字社神奈川支部
郵便局は世界を結ぶ
新聞少年の像
自転車のレリーフ(日本大通り)
などなど

これらの「ポケストップ」に立ち寄ると、「モンスターボール」を手に入れることができます♪

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この「モンスターボール」がないと出現した「ポケモン」をゲットすることができないのです。
しかもゲーム音痴な Ryo は、「ポケモン」にボールをスワイプさせてもなかなか当たらず・・・ボールがいくつあっても足りません・・・。
良かった・・・近くに「ポケストップ」がいっぱいあって 笑

もちろん、「ポケモン」もウヨウヨしています。
ただし、公道でいきなり止まってはいけません!!周りの人には「ポケモン」は見えていませんから!そして、どうぞ独り言にもご注意くださいね♪ ← なんで当たんないのよー キーと言っていた私 笑

そんな感じで、受付さんやお客さまからの質問に応えるべく、まずは Ryo がお昼休みにやった結果でした。


「で、それをすると何が面白いの?」・・・by azul

それきいちゃーう???


(Ryo)
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# by tohatsu | 2016-07-24 15:41 | お知らせ | Trackback | Comments(0)  

気になるその後・・・

(今回はちょっと長文です)

雨ですね。
そして、子どもたちは夏休みに入りました。

私にとって夏休みの楽しみと言えば、「ラジオ体操」でした。
毎朝一人で起きてラジオ体操にゆき、その日遊ぶ友達を探したり、体操が終わる頃になるとジリジリと前に詰めてゆき、スタンプをいかに並ばずに押してもらうかを競ったりしていました。

そうか・・・「ラジオ体操」が楽しみだったのではなく、学校が休みに入ってしまうと友達と顔を合わせなくなるので、友達に会うことが「楽しみ」だったのかも知れませんね。
今に比べると昔は、午前中は涼しく「宿題は午前中に済ませなさい!!」とよく言われ、なかなか遊びに行かせてもらえませんでした。そこで、事前に約束していた友達が絶妙なタイミングで「ピンポーン」とやってくるのです!笑

親がこんな感じなのに、我が家の子どもは小学校に上がって以来一度も「ラジオ体操」に行ったことがありません。
今度、「ラジオ体操」の歴史を一緒に調べながら、昔話をしてあげようかな。
ここの建物・・・「横浜中央電話局」が建った年に「ラジオ体操」の全国放送も始まりました。
何か運命的なものを感じちゃいますね♪


さて、ここからが本日のメインです(笑)

前々回のRyoブログで「月イチ講座」のカードの背景に写りこんでいたトラさんですが、ご紹介する前に完売してしまいました!!

実は、以前ユーラシア文化館で企画展「貿易都市マニラの栄光」を開催している時に、ミュージアムショップで取り扱いを始めた*「アップサイクル」商品の一つだったんです。

数年前、阪神タイガースさんから依頼を受け製作し、公式グッズとして販売していたものだそうです。お話の中で、Ryoが阪神ファンであることを知ったオーナーさんが今回お送りいただいた商品にさり気なく入れてくださっていたのが、あのトートバックでした。

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ちょっと面白いからネタに・・・なんて思っていたら、ブログに載せる前に売り切れてしまいました。
続報を心待ちにしていてくださった皆様ごめんなさい。

ミュージアムショップには、どんな掘り出し物があるか分かりません!!
是非、ふらっと寄ってみてください。素敵な出会いがあるかもしれませんよ♪


*飲み終わったジュースパックの素材をそのままに、バックやポーチなど新たなものに生まれ変わらせます!これが【アップサイクル】!

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今回のタイガースのバッグは、廃材ではなく、フィリピンのジュースパックプリント工場でオリジナルデザインを印刷してもらっています。

【リサイクル】商品とは違い、素材の特徴を商品に生かしたり、デザインの力を借りたりすることで、製品の価値を再利用前より高めて行こうとする考え方です!

フィリピンで作られているこれらの製品は、回収、洗浄、乾燥、縫製、すべて現地の女性たちの手作業で行われています。発展途上国で作られた作物や製品を適正な価格で継続的に取引することによって、生産者の持続的な生活向上を支える仕組み、これが「フェアトレード」。

こうした取り組みに賛同し、支援をされているCOCO&K(ココアンドケー)さんの商品を取り扱わせていただき、少しでもお客様も目に触れこうした活動を知って頂く良い機会になればと思っています。

(Ryo)
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# by tohatsu | 2016-07-21 17:42 | ショップより | Trackback | Comments(0)  

歴史的公文書

はい、こんにちは。
連日のゲリラ豪雨はきっと私が絶好調な(何が?)せいに違いない、
と妙に自信満々のazul です。

明日から始まるユーラシア文化館の特別展を前に、
企画展「横浜・山下公園」の最後の話を。

山下公園の歴史について書かれた文献のなかでも、
田中祥夫先生の『ヨコハマ公園物語』(中公新書、2000年)は、
新しい資料にもとづいた話が数多く盛り込まれた必読書ですが、
同書のなかに横浜市所蔵の公文書が登場します。

震災復興公園として山下公園の新設が決定したあとも、
決して公園の造成工事がスムーズにすすんだわけではなく、
実際には、公園利用に反対する神奈川県の意見があったことが、
「横浜市山下公園埋立」と題された公文書から明らかになっています。

港湾の復興か、公園の新設か。
関東大震災で壊滅した都市横浜の再生のために、
港湾施設の拡充を何よりも最優先する考えはもちろん理解できます。
一方で、このときの行政の決断がなければ、
山下公園のような広大な臨海公園が誕生しなかったことも事実です。

歴史を解明する重要な手がかりである「史料」。
今回この公文書が、元横浜市港湾局の田中常義さんのご尽力により、
同局に保管されていることが判明し、展示でお借りすることができました。
横浜大空襲をまぬがれて伝えられてきた貴重な「史料」です。

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今後、この文書は「歴史的公文書」として然るべき部署で保存されるとのこと。
展示前の調査では、他の先行研究で紹介されていた昭和40年代の公文書が、
すでに所管局に残されていないことも判明していたので、
文書1点であっても貴重な記録が後世に残されることになったのは、
本当に喜ばしいことです。

(azul)
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# by tohatsu | 2016-07-15 17:04 | 調査余話 | Trackback | Comments(0)