フランス海軍病院

はい、こんにちは。

ショップ一押しの「文明開化 横浜俯瞰図」、
今回も容赦なく1枚しか買わなかった azul です。

今日は、(吉)さんがお昼にエビワンタンをご馳走してくれて、
何か魂胆があるにきっといいことがあったに違いないと、
ひとりで心温まっていた一日でした。


気がつけば、GWが終わろうとしています。
GW中は、3日から5日まで毎日展示解説をおこないましたが、
5月の展示解説はいったんこれで終了。
来月からは月1回になります。
日が近づいたらこのブログでもお知らせしますね。

さて、今日からは企画展「横浜建築家列伝」の出品資料をもとに、
見どころを少しずつ紹介していきましょう。

今日は、第Ⅰ部「横浜開港と居留地建築家たち」から、
「フランス海軍病院」の写真を紹介します。
この写真は、今回の展覧会で初めて公開するもので、
これまで知られていた写真とは、別アングルで撮られたものです。

e0164082_18482839.jpg

この建物、とっても不思議でしょう?

まるでお寺のように大きな屋根が載っていて、
なんと正面には鳥居が据えられています。
この建物は、1864(元治元)年頃に建てられたフランス海軍病院で、
今のホテル・ニューグランドのあたりにありました。

よく見ると、よろい戸をもつ縦長のガラス窓が設けられていて、
建物としては洋風の作りをしているのですが、
唐破風をもつ正面玄関をはじめ、
そこかしこにある和風の要素が強い印象を残します。
いったい洋風にしたかったのか、和風にしたかったのか、
どっちなんだ!と言いたくなりますね。

建築史の世界では、それまで洋風建築など見たこともない日本人大工が、
見よう見まねで作った、ちょっと不思議な洋風建築のことを、
「擬洋風建築」と呼ぶことがありますが、
この建物はどうやらそれとも事情が異なるようです。

当時、建設現場を担っていたのは日本人の大工たちですが、
いくらなんでも、彼らは神社という聖域への入口である鳥居を、
病院の門として使ったりはしないでしょう。
また左右の翼部を突き出した左右対称の建物構成から、
施主(フランス)側の明確な平面計画があったことが推測されます。

とすると、この不思議な和風デザインは施主の好み・・・?

堀勇良氏は、この建物を「擬和風建築」と表現されましたが、
なるほどフランスによるジャポニスムを読み取った鋭い指摘です。
(堀勇良『外国人建築家の系譜』)

幕末から明治初期にかけての古写真を見ていると、
他にも、こうした和風要素の強い建物があることがわかります。
横浜開港=洋風の街並みの誕生という、
ともすれば単純に図式化されがちな横浜の都市形成史に、
これらの建物は、ちょっとしたスパイスを与えてくれる存在です。

やがて居留地では、本格的な洋風建築を「設計できる」建築家が登場しますが、
その話は、また次回に。

(azul)

by tohatsu | 2009-05-06 18:52 | 展示案内 | Trackback | Comments(0)  

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