展示余話・鉄道雑学(6)神戸ステーション物語(その3)

 今から3年前、世間を騒がせた村上ファンドの株式買い占めがきっかけで、阪神電鉄が阪急電鉄グループの傘下に入った時、関西では誰もがたいへんな驚きでした。
 阪神と阪急。滋賀県で育った筆者にはあまり縁がなかったのですが、山手の高級住宅地をさっそうと走り抜け、タカラヅカが背後に控える阪急電車、かたや下町の民家と工場の軒先を縫い、タイガースファンで満員の阪神電車。この二つの鉄道会社は明治時代から、本業の鉄道はもちろん、バスにデパート、沿線の住宅地や行楽地の開発、さらにはプロ野球まで、激しいライバル争いを繰り返してきた犬猿の仲です。それゆえに、時代の流れとはいえ、衝撃が大きかったのです。
 神戸のステーション物語を語る上でも、この両社の対決を抜きにすることはできません。今回は、神戸の都心への進出、そのターミナルの設置をめぐる阪神と阪急の攻防(?)を紹介してみましょう。
 阪神電気鉄道が阪神間に開通したのは明治38(1905)年4月。同年12月に品川・神奈川間を全通させた京浜電気鉄道(現・京浜急行電鉄)よりわずかに早く、日本で最古の郊外(都市間)電鉄であると言えます。ただし、路面電車ですので、郊外区間は専用のレールを走っていましたが、市街地では路上を走行していました。
 この時の神戸側の終点駅は雲井通です。現在のJR三ノ宮駅前付近ですが、当時、東海道本線の三ノ宮駅は元町にあったので、雲井通では他の交通との接続はなく、あまり便利ではありません。そこで大正元(1912)年、線路を南へ延伸、現在のフラワーロード上を走り、現在の三宮・花時計前駅付近に終点を移しました。神戸電気鉄道(後の神戸市電)の滝道電停と乗り換えができるようにし、「神戸」駅と名付けて阪神電車のターミナルができあがりました。
 一方、阪神急行電鉄は大正9(1920)年、神戸線を開通させました。その終点はやはり「神戸」駅と名乗っていましたが、現在の王子動物園付近で神戸の都心からはほど遠く、乗客は少なかったようです。駅前に神戸市電の上筒井終点があり、都心へは市電に乗り換える必要がありました。
 この時点で神戸市内には、東海道・山陽本線の神戸駅(相生町)の他に、阪神の神戸駅(滝道)、阪急の神戸駅(上筒井)がそれぞれ別の場所に存在したことになります。
 ただ、阪神急行電鉄はこの不便な立地のターミナルで満足していたわけではありません。そこから線路を延ばして、元町の現在の大丸百貨店付近にターミナルを置く免許をすでに取得していました。ところが、線路は地下に建設する予定だったのを、地上に高架式で走らせることに変更しようとしたため、神戸市と激しく対立することになったのです。
 神戸という都市は、南側は海に面し、北側には六甲山地が連なっているため、東西に細長く伸びています。その細長い市街地を東海道・山陽本線が貫通しています。明治時代、東海道・山陽本線の線路は地上にあり、市内の交通を遮断していため、大正時代にこれを高架化することが決定されました。神戸市は地下に通すことを希望しましたが、国(鉄道省)は聞き入れませんでした。東海道・山陽本線の灘・鷹取間の高架は昭和6(1931)年に完成し、三ノ宮駅はこれにあわせて現在の位置へ移動しました(その2参照)。
 阪神急行電鉄は、「国が高架でやるなら、自分たちも経費の安い高架にしたい」と考えたのです。神戸市は断固としてこれに反対し、阪神急行電鉄の神戸都心乗り入れは遅れに遅れました。最終的に高架式を押し通しましたが、ルートは東海道本線と密着させることになり、元町までの延伸は打ち切り、終点を東海道本線の新・三ノ宮駅の付近に置くこととされました。竣功したのは昭和11(1936)年です。終点のターミナルはやはり「神戸」駅と名付けられ、デパートや映画館を備えた立派なターミナルビルが建てられました。現在の阪急三宮駅です。
 さて、阪神電気鉄道ですが、自社の社名に「急行」を付けた「阪神急行電鉄」の存在を快く思っていたはずはありません。阪急が「高架か地下か」でもめている間に、路線を改良して阪急に負けない高速化を進めます。神戸市内の区間が路面電車だったのを、さっさと地下にもぐらせ、昭和8(1933)年、終点の神戸駅(現在の阪神三宮駅)が東海道本線の三ノ宮駅前地下に完成します。地上にはそごう神戸店を誘致して神戸で最初のターミナルデパートとしました。
 さらに昭和11(1936)年、阪急が三宮へ進出する直前に突貫工事で元町まで線路を伸ばしました。元町は暫定的な終点で、ここから湊川へ、湊川で山陽電気鉄道と直通することになっていました。湊川は神戸有馬電気鉄道(現在の神戸電鉄)の起点でもありました。しかし、このように阪急に対抗するため先手を打ってきましたが、資金難となり、そして、やがて戦争が激化して計画は中断・・・。
 旧居留地の北東の外れで、まだ人通りの少なかった場所に東海道本線の新しい三ノ宮駅が出現、その周囲に阪神・阪急のライバル私鉄がそれぞれターミナルを構えたところで、戦前までの「神戸ステーション物語」は終了します。                                                                               (岡田直)
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by tohatsu | 2009-12-01 13:48 | 展示案内 | Trackback | Comments(0)  

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