バスツアー「赤煉瓦ことはじめ」 その2

はい、こんにちは。
その1 からすっかり時間が経ってしまいましたが、040.gif
3月19日(金)に実施したバスツアーのレポート後編です。

富岡製糸場を後にして、向かった先は埼玉県深谷市。
富岡では、煉瓦でつくられた工場を見学しましたが、
深谷では、煉瓦をつくっていた工場の見学です。

幕末から明治はじめにかけては、富岡製糸場(明治5年)以外にも、
横須賀製鉄所(慶応2年)や大阪造幣寮(明治2年)など、
幾つかの官営工場が創業を開始していますが、
工場をつくるための煉瓦は、すべて現地生産・現地調達でした。

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昼食後も
容赦なくレクチャー

その後、煉瓦の製造から販売までを手がける工場が登場しますが、
そのなかでも国内最大の煉瓦製造会社として知られるのが、
深谷市の旧日本煉瓦製造株式会社(1887年~2006年)です。
かつての工場敷地内には、煉瓦を焼くためのホフマン窯や、
木造の西洋館(旧事務所)、煉瓦造の旧変電室などが残っており、
国の重要文化財に指定されています。

今回のツアーでは、深谷市教育委員会のご協力により、
普段は公開されていないホフマン窯に、
特別に入れていただきました。
(文化財保護係の皆さま、ありがとうございました!)

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いざ潜入!

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おぉ!
あんなところに●●がっ!

煉瓦を焼成する区画を円形に連続してならべることで、
一度に大量の煉瓦を焼くことができたホフマン窯。
現在では、今回見学した旧日本煉瓦のホフマン窯を含めて、
全国でわずかに5基しか残っていません。
たいへん貴重な産業遺産です。

最後は、日本煉瓦の設立者である渋沢栄一の生地「中の家」を訪ねて、
渋沢を軸として富岡・深谷へと広がる、今回のツアーのストーリーを再確認。
(吉)さんが、渋沢と横浜をつなぐ知られざるエピソードを紹介して、
一日をきれいに締めくくってくれました。
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残念だったのは、午前中の渋滞が最後まで響いて、
ゆっくりと見学時間が取れなかったこと。
参加された皆さま、せわしなくて申し訳ありませんでした。

しかし・・・帰りの道路も大渋滞・・・_| ̄|○


(azul)
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by tohatsu | 2010-04-04 15:21 | お出かけ | Trackback | Comments(0)  

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