歴史的公文書

はい、こんにちは。
連日のゲリラ豪雨はきっと私が絶好調な(何が?)せいに違いない、
と妙に自信満々のazul です。

明日から始まるユーラシア文化館の特別展を前に、
企画展「横浜・山下公園」の最後の話を。

山下公園の歴史について書かれた文献のなかでも、
田中祥夫先生の『ヨコハマ公園物語』(中公新書、2000年)は、
新しい資料にもとづいた話が数多く盛り込まれた必読書ですが、
同書のなかに横浜市所蔵の公文書が登場します。

震災復興公園として山下公園の新設が決定したあとも、
決して公園の造成工事がスムーズにすすんだわけではなく、
実際には、公園利用に反対する神奈川県の意見があったことが、
「横浜市山下公園埋立」と題された公文書から明らかになっています。

港湾の復興か、公園の新設か。
関東大震災で壊滅した都市横浜の再生のために、
港湾施設の拡充を何よりも最優先する考えはもちろん理解できます。
一方で、このときの行政の決断がなければ、
山下公園のような広大な臨海公園が誕生しなかったことも事実です。

歴史を解明する重要な手がかりである「史料」。
今回この公文書が、元横浜市港湾局の田中常義さんのご尽力により、
同局に保管されていることが判明し、展示でお借りすることができました。
横浜大空襲をまぬがれて伝えられてきた貴重な「史料」です。

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今後、この文書は「歴史的公文書」として然るべき部署で保存されるとのこと。
展示前の調査では、他の先行研究で紹介されていた昭和40年代の公文書が、
すでに所管局に残されていないことも判明していたので、
文書1点であっても貴重な記録が後世に残されることになったのは、
本当に喜ばしいことです。

(azul)
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by tohatsu | 2016-07-15 17:04 | 調査余話 | Trackback | Comments(0)  

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